-HARUKA TOMONAGA NON-OFFICIAL FAN CLUB-

其れは予兆。
其れは恐怖。
其れは困惑。
其れは不幸。

其れは戦いの知らせ。
其れは一人の男への嘲笑。

伝承に曰く、死者の魂を攫う夜鷹、ウイップアーウィルの啼き声がミスカトニック大学に響き渡ろうとしている。

Make a PASS【FileT】

俺を覗き込む翡翠の瞳。白い貌。垂れ下がる銀の髪。
「……アル?」
「ようやく目が覚めたか」
目覚めたばかりで意識は混乱していたが、そこにアルが居た……
俺は手を伸ばしてアルの頬に触れる。
「九郎?」
突然の行動に訝りながらも瞳を閉じてくれる――――――

「……ぅ……ん、九郎」
唇を重ね、舌を這わせる。

「ッ……あ……ふぁ……ん」
「アル……」
「かぁ……や……ぁあ」
「アル…の……う……めぇ」
「くぅ……ん……く…ぅ…ろう……」

幾度も交わすキスの刺激が俺の意識を覚醒させる。

今は朝だ……
ここはショゴスベット、つまりダンセイニの上だ……
アルが半裸なのは昨日俺と抱き合って、そのまま寝たからだろう……
昨日は一日中アルと…………可愛かったなぁ〜♪
次の日は大学で半日会えないから、その分昨日はベタベタしていた。
昨日の次の日……つまり今日……
今日は大学に…………

「ああっ!」
「な、何だ!?」
蕩けそうな瞳が一転、驚きの瞳に変わる。

「こんなことしている場合じゃねぇ!早く大学行かねぇと!」

ピキッ
一瞬で空気が凍りついた――――――

「こ・ん・な・こ・と?」
俺が身を起こし着替えを始めている横で、アルのコメカミに青筋が……
「汝にとって妾と、あ、愛を確かめる行為とは『こんなこと』でしかないのか!?」

まずい……失言だ……

「あ〜アル?……ゴメン」
こういう場合は素直に謝るにかぎる。
「…………」

「悪かったよ……」
「…………」

「アル?」
「…………(ぷいっ)」

「ア〜ル♪ア〜ル♪ア〜ルたん♪」
膨れた顔をしているアルの頬っぺをツンツンと突く。

ツンツン♪
「…………」
おぉ、弾力があって気持ち良い〜

ツンツン♪
「………………」
癖になりそう〜

ツンツン♪
「……………………」

ツン……
「ええぃ!やめよ九郎!汝は妾より学業を選んだのであろう!ならば早々に大学に行けぇ!」
「アルより大事なものなんて無いさ」
「なっ……!」
顔から湯気が出そうなぐらい赤い。
可愛過ぎるぜ、マイスイ〜トハニィ〜(痛)

「仕方ねぇな〜今日は大学お休み♪アルと一緒に居てやるよ!」
「えっ……!」
そんな幸せそうな顔は反則だ。
ちょっとだけ虐めたくなってしまう。

「やれやれ、まったく……ふぅ〜(大げさに息を吐く)アルは俺にベタ惚れだからな〜♪(馬鹿面で)」
「グッ……!汝は何を!妾は別に……!」

「惚れてないか?俺のこと嫌いなのか?」
「嫌いでは無いに決まっておるだろうが!」

「じゃあ、大好きってことだよな?」
「な!だから何故、其処でそう飛躍する!?」
顔が真っ赤……もっと虐めたくなってしまう。

「アルは俺のこと嫌いか……?顔も見たくないぐらい……だから大学に行って欲しいんだな……?」
拗ねた態度で、在りもしない足元の小石を蹴り上げる。

「だから!嫌いでは無いと言っておるではないか!!」
「ふんっだ!俺はアルのこと世界で一番愛しているってのに〜」
「九郎!!」
「悲しいな〜寂しいな〜」
「妾だって九郎を……」
アルがモジモジと指を回しながら言葉を漏らす。

「ん?何だ〜?」
「……あ……いして……る」
「聞こえねぇ〜!」

「誰…よりも……愛……し……ておる」
「ほら!もっと大きな声で〜」
アルの白くスベスベの頬に擦り寄って懇願してみる。

「な、何を!九郎!!」
「ほら、何て言ったんだ〜?アルは俺をどう思っているんだって?」
無防備な首筋にキスして、笑っているのを誤魔化す。

「な、汝、聞こえておるだろ!」
「さぁ〜?」
「………ッ!」
「ん〜可愛いな〜♪」

「こ、このうつけが!汝など、大学の廊下でバケツを持って立たされて来い!」
お前の知識は何でそう偏っているんだ?

「ほれ!早く行けぇ!!」
この乱暴な言葉使いも馴れると微笑ましく思えるから不思議だ。

「本当は休んで、傍に居て欲しいくせに〜♪」
「な、誰が!!」
「ムキになっちゃって〜♪可愛いな〜♪」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

「馬鹿なことを言ってないで、早く大学に行け!!」
「ハイ♪ハイ♪」
照れ隠しで怒る姿が、また可愛い〜♪

「――――――――ッ!」
アルのコメカミからブチって音がした。

「この大うつけがぁぁぁぁぁ!」

迸る魔力の渦……

お約束通り、飛ばされた……
このまま大学へ直行?
魂の方は天国へ直行しそうだけど……

はぁ〜
ちょっと、からかい過ぎたか?
反省……
ミスカトニック大学の正門を抜けながら、今朝のことに少し罪悪感を感じていた。

「大十字先輩!」
後ろを振り返ると、黒髪の女の子が笑顔で近づいてくる。
「どうしたんですか〜?元気なさそうですけど?」
大きな瞳が俺を覗きこむように尋ねてくる
「アセナスか……」

【アセナス・ウェイト】
隠秘学科の生徒、クラス位階は今の俺と同じ魔術基礎行使だ……
彼女とは前に大学に居た頃、少しの間だけ付き合っていたことがある。

「ところでアセナス、その先輩っての止めてくれないか?」
「え〜?先輩は先輩ですよ〜?」
「前はそうだったかもしれないが、今は同じ学年だろ?」
「でも、でも、先輩は私より頭良いですからすぐに追い越されますよ〜♪そしたらまた先輩です〜♪」
「追い越せるかなんて分からねぇだろ……?」
「分かりますよ?何たって、先輩は大天才なんですから〜♪」

「…………」
大学に戻ってきてから、周りの人間が口々に言うセリフだ。

「今の隠秘学科の学徒で先輩より優秀な人間なんて居ませんよ〜♪」
アセナスは付き合っていた頃から、いつも俺をかいかぶっていた。
告白してきたのも彼女からだった。

当時の俺は自分に自惚れていた。
ミスカトニック大学に入学してから何もかもが順調だったからだ。
元々、多少の知識はあって、大学の講義は思いの他、すんなりと理解することが出来た。
実際、筋は良かったと思う。1年で魔導書閲覧の許可が下りたほどだ。

俺は隠秘学科の学徒の中では憧れの的だったのだろう……(いや、マジで)

アセナスも大学では人気があった。
長い黒髪に大きな瞳、整った顔立ちで頭も良く、小柄な体格が可愛さを引き立てていた。
告白された俺は、エリート気分の優越感で彼女と付き合っていた。

「でも今の俺は、お前と同じ学年だろ……?」
「それじゃぁ、人生の先輩ってことで♪」
いつまでも、アセナスの相手をしてたら一限目に遅れる……
「もういいよ。好きにしてくれ……」
「ハァ〜イ♪」
俺はため息をひとつ吐き、アセナスを無視して校舎に向かった。

アセナスとは、俺が大学を去った時に別れた。
今の俺にはアルがいる。
彼女とは距離を置きたいのだが、大学に戻ってから毎日のように彼女に付き纏われている……
こんなところアルに見られでもしたら……寒気がした。
「まぁ、アルが大学に来ることなんてないけどな……」

また、やってしまった……
売り言葉に買い言葉(売ったのも買ったのも自分のような気はするが)
九郎は妾を一番大事と言ってくれたではないか!
大学を休むとも言ってくれた……
「二人っきりで、デ、デートするチャンスだったのかもしれんのに!」
コブシを大きく振り上げて叫んでいるアルに、部屋の掃除をしていたダンセイニが近づいてくる。
「てけり・り?」

「なっ!?にゃぁあっ!違うぞ!ダンセイニ!妾は別に外でもベタベタしたいとかそんなのではない!外で妾とベタベタすれば九郎の迷惑になることぐらい分かっておる!それでも……!ええぃ!違うというに!妾の見た目など九郎は気にはせんが……周りの人間は!と違う!九郎はロリコンで……って、これも違ぁう!!あぁ!妾だって一つのジュースを二人で飲んだり、腕を組んでお揃いの服で街を歩いて……」

「てけり・り」
手(?)に水の入ったコップを差し出すダンセイニを見て、ハッと我に返る。
「ああ……すまぬ、ダンセイニ……少し興奮していたようだ……」

「てけり・り」
様子を伺っているダンセイニの姿に、何故かほっとしてしまう。

「ふぅ……大丈夫だ……」
「てけり・り?」

「いや、今朝のことだ……」
「てけり・り」
蠢く触手がアルの肩を叩く。

「汝に言われずとも、分かってはおる……だが」
「てけり・り?」
触手を絡ませ疑問を浮かべるジェスチャーをしている。

「九郎を前にすると、どうしても素直になれんのだ!」
「てけり・り?」

「そうだ!妾は九郎のことを、この世界で唯一に愛しておる!……だからこそ」
「てけり・り」
真顔で恥ずかしいセリフを叫ぶアルに、ダンセイニの方が赤く染まる。

「てけり・り」
「妾から謝れと!?」
「てけり・り」
顔を赤くして叫ぶアルに首(?)を縦に振り肯定の意を表すダンセイニ。

「だが……どうやって……」

「てけり・り」
「そ、それは九郎の迷惑にならないか?」

「てけり・り?」
「……クッ!」
「てけり・り」
「フンッ!そうだな、汝の言う通りだ!」
押せ押せと触手を蠢かすダンセイニに、顔を赤らめて踏ん反り返りながら笑うアル

「行ってくる」
一言だけ告げてドアを勢いよく開けて出て行く。
「てけり・り」
アルを見送ったダンセイニはヤレヤレと触手を動かし部屋の掃除を再開する……

一時間目の講義はピースリィ教授の魔術実技だった。
実習室の生徒は20人ほどしかいない。
元々隠秘学科の受講生自体が少ないのだが、実習となるとその人数をさらに大幅に減らす。
それだけ、魔術ってものは危険だってことだ……

今日の講義は程度の低い火炎系の魔導書で魔術を行なうというもの。
俺はクトゥグアと契約して制御下に置いているので、マッチ程度の火炎を召喚するなんて造作もないことだ。
他の学生達は課題の焔召喚・座標固定に手間取っている。
後ろでは、髪を焦がして慌てている奴もいる。

何故か俺の横にいるアセナスは、炎が揺らいでいるものの召喚・固定には成功している。
「う……ぁん……やっぱり難しいな〜♪大十字先輩みたいには上手くできないです〜♪」
固定されていた炎がフッと消える。

「それだけ出来れば上等だろ?」
「喋りながらでも制御できる先輩に言われても……あははは♪」
「…………」
「私なんて去年は、ここの単位落としちゃって二度目ですよ?それでも、これが精一杯……」
この講義は隠秘学科でも特に難しいとされていて、毎年半分以上の人間が単位を落とす。

「先輩は復帰したばかりなのに、さすがです〜♪」
「人には得意不得意があるだけさ……俺は火炎系の魔術を操るのが得意だっただけさ……」
「え〜!?先輩は何でもできるじゃないですか〜?」
三流探偵で万年赤貧男の俺に向かって言えるのか?それを……

「過度の謙遜は厭味ですよ〜?あははははは♪」
「…………」
「きっと、先輩の脳味噌には宇宙が詰まっているんじゃないのかな〜♪」
「何だそれ?」
「だから、世界の法を紡ぐことなんて造作も無いことなんですよ♪」
「…………」
それは褒め過ぎだろ?
っていうか、それは本当に褒め言葉か?

俺達が喋っているのに気付いて教授が注意する。
「大十字君!ウェイトさん!魔術行使中は集中しないと危険です!」

「はい、スイマセン」
「ごめんなさ〜い♪」
アセナスが片目を瞑り、舌をチョロリと出してから、魔導書を睨み魔力を集中する。
召喚した焔はハートの形を創り上げていた……

俺も自分の魔導書を見つめる。

…………駄目だ。
急に、アルの膨れた顔が浮かび上がって集中が途切れた。

今朝のこと、まだ怒ってるよな……
ご機嫌直しに、ショートケーキでも買って帰るか……

うぅ……晩飯はライカさんのところで食べさせてもらおう……
そんなことを考えていた時――――――

バジュウゥゥゥ!!!
「えぇ!?」
「うわっ!?」
「嫌ぁぁぁあ!!」

俺達の前にいる男の召喚した焔が、突然炎上し暴走をはじめる。
座標固定が不安定な火炎は実習室の天井を焼け焦がす。

この実習室は特別な部屋で、魔術の暴走などに備えて、魔力を軽減する魔術式が部屋に書き巡らされている。
そんな中での……この焔の魔力値……媒介である魔導書自体の粗悪さを考えても……異常過ぎやしねぇか?

パンッ!パンッ!

ピースリィ教授が手を叩きながら、パニックになっている学生に近づいて行く。
「皆さん静かにしなさい!この程度の暴走など、魔術には付きものです」
さらりと嫌なことを言ってくれやがるぜ……

「落ち着いて、制御すれば焔は消えます!」
教授が術式解除の手順を執行しようとした瞬間!!
ドジュウゥゥゥ!!!

「なっ!?炎が勝手に!?」
「きゃあぁぁぁ!!」
「せ、先生!」
暴走している焔の両隣の魔導書からも焔が自動召喚される。

「これは!?どういう……?」
教授が困惑している間にも、その隣々の魔導書から……ッ!

ドジュウゥゥゥ!!!

「俺の本からも火が!?」
「私のも……ッ!」

ドジュウゥゥゥ!!!

「僕達の本がぁ!」
「熱っ!あぁっ!服に!?」
「誰か!他の先生達も呼んできて!!」

ひとつの魔導書を中心に、焔が自動召喚し暴走を始める。

糸で繋がっているかのように、次々と燃え上がっていく!
火炎が連鎖反応を起こすなんて……
程度の低い魔導書の中には、相乗効果で魔力を高めるものが在るって、アーミテッジの爺さんが前に言ってたような・・・
これだから魔術ってやつは!

「大十字先輩ッッ!」
アセナスも魔導書を必死に制御しようと集中するが、炎が本のページから漏れ出している。

ピースリィ教授が魔導書を一冊、一冊、術式解除していく。
混乱した頭で、無理に冷静になろうとしているので、行動が馬鹿丁寧すぎる!
それじゃ遅い!!
炎は次々に連鎖を起こして、巨大な魔力術式を編みだそうとしているからだ!
「強制契約(アクセス)!!」
思考が疾走を開始する。
今、その瞬間の世界の法則を演算し、導き出された式に、自らのロジック理論を書き加え、自分の世界を創造する。
「大十字九郎の名を、汝等の魂に刻み込むべし!」
それが魔術。
真実の眼を以て、世界と繋がる秘術。
「我は汝等の主なり!我は汝等の伴侶なり!我は汝等の王なり!我が許に来たれ!我に跪き接吻し、我が命に従え!」

総ての魔導書と契約し焔の召喚を強制解除する。
魔力は一瞬で消え、教室内を静寂が包み込む。

【ミスカトニック大学炎上・爆発!原因は隠秘学科!?大学内でも秘密裏にされていた魔の巣窟!】
なんていう見出しの『アーカム・アドヴァタイザー』発行は避けられた訳だが……
俺に驚異の目が向けられることは避けれそうに無いな……

…………

……………………

………………………………

「……………」
学徒達は皆、呆然として口をパクパクさせている。
いつもは騒がしいアセナスも、今は目を丸くして呆気に取られている。
一番初めに我に返ったのはピースリィ教授だった。

「だ、大十字君!貴方は何処で、それほどまでの魔術理論を!?」
「…………」
「答えなさ……ッ」
教授は俺の襟を掴み、ググイッと引き寄せる。
まるで鬼みたいだな……っと、何だか冷静に考えていた……

さて、どうやって事情を説明したものか――――――

「先生!火傷している生徒がいます!」
俺が思案に耽っていた間に、数人の学生達が苦悶の表情や呻き声を上げていたようだ……

「なっ……早く医務室へ!」

「先生〜!手伝って下さい!」
「ん……ぐっ!……分かりました」
教授が俺の襟を離し、渋々と火傷した学生を医務室へ連れて行こうと肩を担ぐ。

教授は実習室のドアノブを掴んで振り返り、俺を鋭く睨みつける。
「今日の講義は、これで終わります。大十字君については会議を行ないますので、その後の報告を待ちなさい。」

「はい」
俺は軽く会釈し、残った学生達から特異の目を向けられながらも、実習室から出る準備をする。

「やっぱり、先輩は『先輩』です〜!改めて尊敬しちゃいました〜♪」
周りの視線の中、隣にいたアセナスだけが能天気に笑いかけてくれる。

「…………ありがとう」
少しだけ気が楽になった――――――

二限目は講義を取っていない。
時間を潰す為に大学の敷地をウロウロしていた。

ミスカトニック大学の敷地はバカみたいに広い。
時間を潰す為の場所は腐るほどある……
だが、無駄に時間を費やすぐらいなら家に帰りたい……

家に帰ってアルに会いてぇ……

四限目と五限目の講義は捨てて今日は帰るか……?
今日は何かと厄介な目で見られることになりそうだし……
そう思って正門へ向かっていたら――――――

「大十字先輩!何処に行くんですか〜?」
また、来た……

「さっきは凄かったですね〜♪格好良すぎですよ〜!」
「…………」
絡ませてきた腕を無言で引き離す。

「あんなこと出来るなんて〜♪私にも秘密にするんだもん!意地悪だな〜♪」
「教える必要がないだろ?」
引き離した指が、残念そうに俺の服の袖を掴む……
校門を使用している人達の、冷たい視線が痛い……

「先輩と私の仲じゃないですか〜♪」
「どんな仲だよ?」

「えっ……」
一瞬、アセナスの瞳から光が消えた気がした。

「そ、そうですよね!私に言う必要なんて無いですよね〜♪」
いつものアセナスの感じに戻ったが……何か違和感?

「……………」
「……………」
指が俺の袖から離れたのを感じて、思い当たることを口にした。

「俺はお前とは別れているよな?」

「へ?あ、そうですよ?」
顔を俯かせ瞳を落としながらも、微笑みを浮かべアセナスが答える。

「じゃあ、俺に付き纏うのは何でだ?」
「そんなの私が先輩を好きだからですよ〜♪」
「……敬愛だよな?」
「…………」
何故、黙る……

「俺には……」

「私が『まだ』大十字先輩が好きだからですよ」
「……!」
不覚にも急に真剣な目になったアセナスに、動揺してしまった……

「……私は」
「…………」

「今も大十字先輩が好き……もう一度、私と付き合ってくれませんか?」
大きく黒い瞳は、総てを覆い尽くす暗闇のように言葉を遮る……
今までふざけていたのが嘘のように真っ直ぐに俺を見つめている……
その場にいた数人の見物人が騒ぎ出す。

アセナスの言葉には強い力を感じた……
心臓を素手で鷲掴みされているような気分だ……

頭に血が溜まっていく……

それでも……

「……俺は」
俺にはアルが居る。
アルを愛している。
アル以外に心を奪われたりはしない。

言葉を続けるより早くアセナスの腕が俺の腰に回る。

「!」

そのまま目を瞑ったアセナスが唇を上向ける……
見物人が歓声や驚嘆の声を上げる。

「ア、アセナス……?」
キスを求めているのは分かる……

だが……俺には……

アセナスを俺の身体から引き離そうとしていた……
何か不思議な力に抵抗しながら……
たとえ彼女を傷つけるとしても……
俺はその為に彼女の肩に触れたのだ……

だが、俺が見たのはアセナスの傷ついた顔じゃ無かった。

「な、何でお前がここに……?」

声が上擦っている。
当然の反応だろう。
全く予想していなかった。
予想出来るはずが無いことだから。
考えても居なかったことだからだ。

“そいつ”が『今』此処に居ることなんて……

「九郎……」
俺を呼ぶ声にアセナスが気づき振り返る。

「ん?誰、あの子供?先輩の知り合いですか?」
アセナスは腕を俺の腰に回したまま、首だけを動かしている状態だ・
つまり、俺に抱きついた格好のままだということだ。

「九郎……」
数メートルしか離れていない“そいつ”の声は、遥か彼方から叫ぶ声に聞こえる。

「九郎って、大十字先輩のファーストネームですよね?……きゃ!」
俺はアセナスの腕を乱暴に払いのけて“そいつ”に近づこうとする

「ちょっと!大十字先輩〜!」
後ろで抗議しているアセナスの声を無視して“そいつ”に近づく。

俺が一歩足を出すと“そいつ”の足も一歩後ろに退いた。

ジリッ
ジリリッ

ジリッ
ジリリリッ

ジリッ
ジリリリリッ

「話を聞いてくれ……?」
一向に縮まらない“そいつ”との距離に焦った俺は手を差し出す……
「な?」

肩がビクッと震えたと思うと“そいつ”は急に踵を返し走り出す!?
「待ってくれ!!」
“そいつ”を追いかける為、見物人を押しどけた瞬間――――――

「!?」

“そいつ”の瞳が光を反射する。
光は粒となって“そいつ”の瞳から溢れ出している。
俺のせいだ!
俺が悪い!
俺が泣かせた!

走り出した俺は心の底から“そいつ”の名前を叫ぶ!

「アル―――――――――――ッ!」

学園中に響き渡っても構わない!
それでアルを掴まえることが出来るのなら!

……To be continued

IZUMO