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  "Hello,world."  友永遥香誕生日記念SS

  "Bridal Birthday" 前編

    注意:このSSは本編の1年後の話ですが、一部原作と設定が異なります(trueエンドの流れで和樹と遥香が生きているなど)。そういったものを好まない方には読むのをお勧めしません。    

  どうやって誘おうか……
  秋らしく雲も少ない空一面の青がまぶしい日曜日の朝。
  今日は10月17日。僕の妹である友永遥香の満1歳の誕生日だ。
  そして今、僕の手には2枚のチケットが握られている。
  後ろに首を回してもう一度チケットを確認する。
  版権にうるさい某米国企業が経営する日本一の集客力を誇るテーマパークのものだ。
  プレゼントのことで悩んで以前に純子さんに相談したら、昨日このチケットを渡してくれた。
  代金を支払おうとしたが止められ、代わりに今度の非番にショッピングの荷物持ちをすることになった。
 『男の子なんだから、ちゃんと女の子をリードするのよ』
  からかうような笑みを浮かべた彼女の言葉が思い出される。
  遥香はいつも僕を支えてくれた。彼女へ感謝の気持ちを伝えたい。
  覚悟を決めると僕はベランダにたたずむ遥香の方へ歩み寄った。

  遥香はいつものように椅子に腰掛けて外の風景を眺めている。
  自由に動ける義体を手に入れてからもこの習慣は変わらず続けている。
  だが、よく見るとそのまなざしは焦点を結んでいない。
  意識が電覚へ移行しているようだ。
  話しかけて邪魔するのも悪いので僕も隣に立って目の前に広がる景色を楽しむことにした。
  緑は決して多いとは言えず、高さもばらばらな高層ビルが立ち並び、秋葉原の中央からは巨大なタワーがそびえ立っている。
  普通の人が見るとさしてかわり映えのない、むしろ殺風景なものかもしれない。
  しかし、ぼくにとってこの風景はかけがえのないものだ。
  1年前、ここら辺一帯はオシリスのグローバルイルミネーションによって海中に沈もうとしていた。
  みんなの協力もあって世界の滅亡は寸前のところでまのがれたが、混乱の爪痕はこの地に深く残った。
  それでも人の力は思いのほか偉大で、現在ではそれらの傷痕はほとんど見られない。
  この素晴らしい風景を、地平の果てまで広がるこの世界を、そこに住む大事な人たちを……
  そして、僕のそばにいるただ1人の妹を守るためなら、僕は何度でもこの身を投げ出すだろう。

  3分ほどして遥香の目に光が戻ってきた。
 「ねえ遥香……」
 「兄さん!!」
  話しかけようとした僕に今まで見たことがないほど興奮した様子で遥香が呼びかけた。
 「ど、どうしたの?」
 「お願いしたいことがあるんです!」
  意気込む遥香が言葉をつなぐ。
 「先程までグローバルネットワークを覗いていたのですが、今この家の近くでウェディングドレスの展示会をやってるらしいんです」
 「それで、それを見に行きたいの?」
 「できれば兄さんも一緒に……  だめですか?」
  不安そうに上目がちに僕の方を覗き込んでくる。
  そんな顔をされるとさすがに断れない。
  もっとも大事な妹の頼みを断るつもりはないが。
 「まさか。そしたらさっそく行こうか」
 「はい!」
  笑顔でうなずくと遥香は部屋の中へ駆け込んでいく。
  クローゼットを開けて着ていく服を選んでいるようだ。
  結局、僕の覚悟は空回りに終わったらしい。
  後ろ手に握られていたチケットをポケットにしまい、僕も準備を始めた。

  会場は歩いて20分ぐらいの所だったので、散歩がてらにしゃべりながらゆっくり行くことにした。
  横を歩く遥香は展示会がよほど楽しみなのか表情から明るさがこぼれている。
  だが、僕の方はあることで頭を悩ませていた。
 「……」
 「どうしました、兄さん?」
 「いや、別に……」
 「やっぱり誘ったのは迷惑でしたか?」
  遥香の表情が曇るのを見て、僕は慌てて否定した。
 「そんなことは全然ないよ。ただ遥香に申し訳ないと思って」
 「申し訳ない?」
 「うん……  実は今日は遥香の誕生日だったのにプレゼントを用意してないんだ」
  あのテーマパークのチケットのことは伏せることにした。
  正直に話すと、せっかく展示会に誘ってくれた遥香に悪いからだ。
 「ふふっ、そんなことでしたの」
  遥香の顔を見るとほんとに気にしていないようだったが、それでも罪悪感は残る。
 「本当にごめんね」
 「いえ、もうプレゼントはもらってます」
 「えっ?」
  僕は何もあげた覚えはないが、遥香は微笑んでこちらを見つめている。
 「今こうして兄さんと共に1日を過ごしていること、それがなによりのプレゼントです」
 「……」
  身体認識クラスタが顔面表層の温度上昇を認識する。
 「オシリスに操られていたとき、こんな日々はもう2度と味わえないと思ってました」
 「遥香……」
 「来年の今日も、再来年の今日も、またこんな風に過ごしたいです」
  そこまで言うと遥香は目を潤ませてこちらの言葉を待っているようだった。
 「遥香」
 「はい」
 「君が望むなら、来年も再来年も、そしてずっと僕は君のそばにいるよ」
 「はい……」
  言葉を詰まらせた遥香は急に体を僕に預け、声を殺して泣き出した。
  状況判断クラスタは通行人の視線を多数察知し、遥香に泣き止むように言うことを忠告してくる。
  しかし、僕はそれを無視して遥香を抱きしめ、しばらくそのままの状態で立っていた。

  遥香が泣き止んだのを見計らって再び歩き出すが、今度は会話が全くない。
  連れてきたエテコウが僕らの周囲を周りながらいろんなパフォーマンスをするが、さっきのこともあって2人とも黙ったままだ。
  このままでいるわけにもいかないので、雰囲気を変えるために僕から話しかける。
 「そういえばこうやって昼間から2人で過ごすのも久しぶりだね」
  だがこれが完全なヤブヘビになった。
 「そうですね、学校ではいつも奈津美さん達と話してますからね、兄さんは人気ありますから」
 「そんなことはないよ」
 「それに先週の休みは、兄さんは薫さんの試合を観に行ってましたし」
 「いや……」
 「その前の土日は千絵梨さんの別荘で絵を描いてましたね」
 「あの……」
  話しながら次第に遥香の表情が険しくなる。心なしか僕に向ける視線も鋭い。
 「その間、私は家でお留守番。でも寂しくなんかないですよ、エテコウさんがいましたから。ねー、エテコウさん」
 「ウッキー」
  微笑みながらエテコウに話しかける遥香の姿に、なぜか先程よりも大きい威圧感と罪悪感を感じる。
 「……ごめん」
 「何を言ってるんですか?  寂しくないと言ってるじゃないですか」
 「誕生日だけじゃない、これからは遥香との時間ももっと作るよ」
 「……本当ですか?」
  すがるような目線を向ける遥香に僕は迷わず即答する。
 「うん」
 「そしたら1つわがまま言ってもいいですか」
 「もちろん」
  答えながら来週以降の予定を思い出す。
  ところが彼女の言葉は僕の思惑を超えたものだった。
 「今日の夜は2人きりで誕生日を祝いましょう」
 「えっ!?  でも今夜はみんなでパーティーをするはずだよね?」
  奈津美さんたち学校の5人の他に純子さんや佐知美さんも来ることになっている。
  もうみんなにはアポイントメントを取ってるので中止することはできないはずだが……
 「そのはずでしたが、今日の朝みなさんからメールがあって、パーティーには来られなくなったそうです」
 「そうなの?」
 「ええ、メールはエテコウさんが保存してますよ」
  エテコウに命令してメールをチェックすると、久我山家のパーティーや突然の取材予定、そして事件発生など理由はさまざまだがどれもキャンセルを知らせるものだった。
 「確かにこれじゃあパーティーはできないね」
 「これで問題はないですよね」
 「うん、それじゃあ展示会の帰りにケーキを買っていこう。遥香が好きなのを選んでいいよ」
 「本当ですか?  嬉しいです」
  なぜ、みんな申し合わせたように今日キャンセルのメールを送ったのだろう?
  なんとなく違和感を感じたが、隣りで嬉しそうな表情を浮かべる遥香を見るとそれもすぐに消え失せた。

(続く)

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